エジプトのコプト教徒とは?

ソーセージの妖精

ごきげんよう!

エジプトには、イスラム教徒が大多数を占める中で、2000年以上の歴史を持つキリスト教徒のコミュニティが存在します。それが「コプト教徒(Copts)」です。この記事では、コプト教徒の歴史、信仰、社会での立ち位置、そしてコプトとして生きるための条件について、やさしく解説します。

ソーセージの妖精

私の夫と夫の家族は先祖代々多分1000年以上キリスト教徒(コプト派)です。


目次

「コプト」とはどういう意味?

「コプト(Copt)」という言葉は、もともと「エジプト人」を意味していました。ギリシャ語の「アイギュプトス(Aigyptios)」がアラビア語に取り入れられ「キブト(Qibt)」となり、英語では「Copt」と表現されるようになりました。

エジプトにキリスト教が広まったのは1世紀ごろです。

伝承によると、紀元42年ごろ(1世紀半ば)に福音記者マルコ(聖マルコ)がアレクサンドリアに到着し、そこでキリスト教の教えを広めたのが始まりとされています。

その後、都市部を中心に信徒が増え、2世紀までにはエジプト各地にキリスト教共同体が成立。3世紀には修道院運動がエジプトで生まれ、世界のキリスト教史の中でも重要な地域となりました。

イスラム教が7世紀にエジプトに広まると、「コプト」という言葉はキリスト教を信仰するエジプト人を指すようになり、現在では主にコプト正教会に属する人々を意味しています。

コプト正教会の信仰と特徴

● 創設の歴史

コプト正教会は、使徒マルコ(福音書記者マルコ)によって1世紀に設立されたとされます。彼はエジプトにキリスト教を伝えた最初の人物で、アレクサンドリアで殉教した聖人として知られています。

● 典礼言語:コプト語(とアラビア語)

コプト語は古代エジプト語をギリシャ文字で表記した言語で、今では日常語としては使われていませんが、礼拝では今も一部使われています。

1922年生まれのお父さんはコプト語が少しわかったと聞いたことがあります。お父さんは南エジプト、ルクソールの近くの町の出身でツタンカーメンのお墓が発見された年に生まれました。

白黒写真でしか見たことがないハワードカーター卿やカーナボン卿を実際に見たことがあるかもしれないなんて、歴史ロマンを感じる生まれ年です!

● 典礼と宗教文化

コプト独自のアイコン(聖画)や建築様式も特徴的です。また、一年のうち約200日が断食期間という、非常に厳格な宗教生活が営まれています。

ただし、どこまで厳密に信仰生活を送るかは個人差があります。例えば、夫の2番目のお姉さんはコプトのイード(祝日)の前だけ肉を取らないようにしますが、3番目のお姉さんはあんまり気にせずに食事をしています。

コプト教徒の結婚と信仰:血縁と宗教を重視

コプト正教会では、信仰共同体としての純粋性を非常に大切にしています。そのため、以下のようなルールが根付いています:

コプト同士での結婚が原則

  • コプト教徒が結婚できるのは原則として同じコプト正教徒の相手のみです。
  • 他宗派(たとえばカトリック、プロテスタント)や他宗教(イスラム教など)との結婚は、教会の認可が原則下りません。
  • 教会での結婚式ができない=正式な婚姻とみなされないため、コプト教徒の多くは宗教内で結婚相手を選びます。
  • 他宗教の人との結婚は、相手が正式にコプト教に改宗し、教会の認可を得ない限り認められません。
  • 改宗しても、教会の審査・教育・洗礼を受けたうえで承認されないと、正式な「コプト」とは見なされません。
  • 仮に他宗教の人がコプト教に改宗したとしても、すぐに「コプト」として認められるわけではありません。
  • 改宗者がコプト教徒と結婚したい場合、教会による審査・教育・洗礼のプロセスを経る必要があり、すべてが承認されるとは限りません。

コプト社会では、血統・家系の繋がりも重視されるため、「外から入る」のは容易ではないのです。

つまり、コプトのアイデンティティは「信仰」と「血縁」の両方によって守られているのです。結婚に関しても、信仰共同体としての結束が強く表れています。

コプトの文化とアイデンティティ

  • コプトは自らを「古代エジプトの末裔」としての誇りを持っています。イスラム教が入ってくるよりも前から先祖代々ずっとエジプトに住んでいる人々の子孫であると考えています。
  • コプト美術・アイコン(宗教画)・建築は独特のスタイルで、エジプト文化に深く根づいています。
  • 結婚・葬儀などのライフイベントは教会の規範に従って行われ、特に離婚は原則不可(ただし近年は例外的に認められる場合も)。※死別などを除いて再婚も認められません。

コプト教徒の人口をめぐる謎

エジプトの総人口の約90%以上がイスラム教徒である中、コプト教徒は約10%前後の少数派とされます(正確な統計は存在しませんが、1000万人以上と推定されています)。

エジプトのコプト教徒は、イスラム教徒が多数を占める社会の中で、数千年にわたって信仰と文化を守り続けてきた少数派です。

なぜ政府は宗教ごとの人口を公表しないのか?

エジプトのIDカード(エジプト版マイナンバーカード)には名前、生年月日、出身地、宗教、職業(記載がない場合もあり)、既婚か未婚のどちらかが記載されています。つまり政府は各宗教の割合を把握していますが、あえて公表していないということになります。

これは非常に政治的・社会的にデリケートな問題で、主な理由は以下と考えられています。

● 宗教間の対立を避けるため

  • 宗教ごとの割合を明示すると、多数派/少数派の構図が鮮明になり、緊張や不満を生む可能性があります。
  • 特に、イスラム過激派が少数宗教を攻撃する口実にしたり、少数派が差別を訴えたりする材料になると懸念されていると見られます。

● コプト教徒の存在感を控えめにしたい意図も?

  • 一部では、「実際の人口より少なく見せている」という疑念もあります。特にコプト教徒が多い地域では、地元の選挙や土地所有、教会建設などに影響が出る可能性もあります。
  • 国家の「イスラム国家」としてのアイデンティティを守るため、コプトの割合が多いと政治的にややこしくなると考える向きもあります。

コプト正教会の主張する割合は?

コプト正教会(特に教皇庁)は、しばしば以下のような主張をしています:

  • エジプトのコプト教徒人口は1,000万人〜1,500万人
     (エジプトの人口約1億人に対して、10〜15%程度)
  • 一方で、政府系の統計では6%未満(それも非公式)とされることが多く、かなり乖離があります。

教会の根拠は?

教会が主張する数字の根拠は明示されていませんが、以下のようなデータや感覚的な集計に基づいていると考えられます:

  • 各教区の信徒登録数(洗礼・結婚・葬儀などの件数から推計)
  • 礼拝に来る信徒の数や教会数(数千か所)
  • 海外のディアスポラ(国外移住したコプト)の数も含めている場合も

事実としてどう受け止めればいい?

  • エジプト政府は「宗教に基づく人口比の公表は、国家の安定にとって好ましくない」として、あえて避けていると見られます。
  • 一方、コプト教会側は「自分たちは決して”わずか”な存在ではない」とアピールするために、意図的に大きな数字を出している可能性もあります。
  • 真実の数字はおそらく両者の中間、全人口の8〜12%あたりではないかと推測されます(国際機関の推計でもこのあたりが多いです)。

社会での位置づけと課題

● 歴史的な差別と制約

コプト教徒はイスラム教徒と共存して暮らしていますが、歴史的には差別や宗教的緊張も経験してきました。

  • 政治や行政、軍などではコプト教徒の登用が限られており、社会的に見えにくい存在になってきました。
  • 教会の建設や修復には政府の許可が必要で、ムスリム多数地域では許可が出ない・遅れることも。
  • 地域によってはコプト教徒への襲撃事件や暴力が発生することもあり、国際的にも信教の自由の問題が指摘されています。

職業も実質的にコプト教徒がなれない職業が存在します。例えば産婦人科医は実質なれません。ムスリムはコプト教徒の産婦人科医に子供を取り上げられるのを嫌うからです。そのほかの眼科とか内科とか他の専門医なら大丈夫だそうです。

そのほかパン屋とかもムスリムはコプト教徒からは買いたがりません。コーランの教えどおりにハラルになっているかどうか心配する気持ちが少しでもあれば、安心できるムスリムのお店に行きます。コプト教徒向けとなるとビジネスとしては厳しいのでコプト教徒にとってもあまり魅力的な職業にはならないようです。

● 信仰共同体を維持する理由

こうした社会的な困難の中で、コプト教徒は「信仰と家族」のつながりによって自らの文化と信仰を守ってきました。

コプト教徒同士での結婚を守るのは、単なる宗教的ルールではなく、迫害や差別の中でも共同体を維持するための戦略でもあります。

外部から簡単に「コプト」になれないのは、そうした共同体のアイデンティティを守るためでもあるのです。

エジプトにおけるコプトの存在とは?

コプト教徒は、古代エジプトから続くキリスト教の伝統を受け継ぐ人々であり、少数派として生きながらも、エジプト社会にとって欠かせない歴史的・文化的存在です。

現代エジプトにおいても、教育・医療・ビジネスなどさまざまな分野で活躍するコプト教徒が多くいます。一方で、宗教的自由や法制度の整備など、課題もまだ多く残されています。

まとめ

エジプトのコプト教徒は、ただの宗教的少数派ではなく、文化・言語・信仰・家族制度を守り抜いてきた生きた歴史の担い手です。彼らの生き方を知ることは、エジプトという国の奥深さや、多様性の大切さを理解する手がかりにもなるでしょう。

エジプトには、ヘロデ王から逃れるためにヨセフとマリアが幼子イエスを連れてエジプトに避難した旅の途中で数週間~数か月滞在したとされる洞窟があります(現在の聖セルギウス教会の地下にある小さな洞窟(礼拝所))。

そのほかにも聖家族の避難ルートはエジプト各地に伝承があり、観光ルート「Holy Family Route」としても整備されています。

ファラオの時代のエジプトもとても魅力的ですが、聖書の物語を辿る旅も興味深いですよね。

それでは、ごきげんよう!

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